心の鍛え方
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心は鍛えることができるのだろうか
心の鍛え方」に関心を寄せていただいている読者の方から、もっと記事を更新するようにとの要望がありました。
どんな心を鍛えるのかということもありますが、それ以前に心とは何なのかということを考えてみましょう。
心 脳 論
人間の心はどこにあるのか。古代ギリシャの時代からいろんな説がありました。脳にある、肝臓にある、心臓にある、などなどです。はては心を3つに分けて、理性は脳に、欲望が肝臓に、感情は心臓にあるなどと考えられたこともありました。西洋医学が日本に伝わってきたとき、heartを「心臓」と訳したくらいですので、日本でも心の臓器は心臓であると信じられていたのでしょうか。今では、心は脳の働きであることは誰でも知っていることですが、脳の活動のすべてが心なのではなく脳の活動の一部が心であるとされています。人が深い眠り(ノンレム睡眠)に入ったときにも、脳は活動しているのですが、心は休眠しています。赤ちゃんが本能的に母親の乳首やほ乳びんのゴム乳首に吸い付く、吸てつ反射などの原始反射には心は関係していません。大人でも火傷しそうな熱いものに手が触れたときに反射的に手を退けることにも、脳の働きであっても、心とはいわないのです。脳の働きのすべてが心なのではなく、脳の働き一部が心なのです。
心が脳の働きであるとする考えを「心脳論」といい、「心=脳」とする立場を「心脳一元論」といいます。この立場では脳が死んだら心がなくなることになります。

一方で、「心=魂」として、死後も魂が残るという立場をとる考えもありました。頭蓋の脳室の空間(すきま)に魂が存在するというのです。これは「心脳二元論」と呼ばれてきました。死後の魂の存在を主張する多くの宗教が、よりどころとする理論です。
大脳皮質のどの部分がどういう働きをしているのかがすでに解明されています。脳内マッピングです。一人の人間の脳内に、いろんな働きをする部分があるのですが、その部分々々に還元できない全体としてのまとまりが心であるとの「創発的一元論」が現在の考えです。創発的というのは「全体」は単なる部分の「総和」ではなく、全体であるが故のシステム的な働きをするというような意味です。
心とモジュール
(1) コラム(column)とモジュール(module)
大脳新皮質は「コラム(皮質円柱構造)」という小さな機能的・構造的な単位が集まってできています。その直径0.5mm、高さは2~3mm(皮質の厚さ)で、中には3万~4万個のニューロン(神経細胞)がふくまれています。
そして、互いに似たコラムが集まって、より大きな単位である「モジュール」(十数ミリから数十ミリの大きさ)をつくっています。モジュールは並列的かつ階層的(hierarchy)なシステムをつくっており、この並列階層システムの動作によっていろいろな (並列した)心が生まれます。
心は脳の特殊な活動であるとして、どのような脳活動が心をつくるのだろうかは、脳科学の大きな問題で、まだじゅうぶんに解明されているわけではありません。ただ、心と脳の特徴と現代脳科学の成果をふまえると、心の異なった働きは、連合野の異なった「モジュール」によってつくられるのです。
(2) 心のモジュール性
モジュールとは、機能的(あるいは構造的)な単位のことで、元来は認知心理学の概念です。認知心理学によれば、心は1つではなく、異なった別々の働きをする「小さな心」が集まって心のさまざまな働きが生まれます。この「小さな心」がモジュールです。そして、ある心の働き(たとえば言語理解)は多数のモジュール(たとえば単語を処理するモジュールや構文化をおこなうモジュールなど) がつくるシステムによって実現されます。この性質を「心のモジュール性(modularity)」とよびます。そのシステムは脳の領野というのですが、領野ごとに、知覚や認知、記憶、注意、思考、言語、計画、創造などの心の主要な働きを受け持っています。
(マイクロソフト社のエンカルタ百科事典を参考にしています)
心のどの部分を鍛えるのか
そうすると、心を鍛えるというとき、どの部分の心を鍛えるのか、どんな働きを鍛えるのか、ということが問題になります。ホームページのこのコーナーを開設したときは、しんどさやストレスに負けずに、生き抜くことや、課題に挑戦する力、環境に適応できること、感情が安定していることなどなどをイメージされたのでしょうか。ひっくるめていえば葛藤や悩みに負けないように鍛えるということでしょうか。それなら、心のごく一部の問題にしか過ぎないわけです。心全体の鍛え方というのはないのです。
私たちが生きていくということは、次から次へとさまざまな葛藤や苦悩を積み重ねながら、それとうまくつきあっていくということです。葛藤や苦悩に圧倒されたとき、人は心を病みます。そこで今回は、私たちのライフコースにどんな苦悩やしんどさがあるのかを概観しておきましょう。
ライフコースとそのときどきのしんどさ(心理的危機)
