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親和中学校・女子高等学校125年の歴史「挑戦し、守ってゆく」親和中学校・女子高等学校 校長 向田茂先生インタビュー

教頭 松井淳先生

向田 茂 校長

 「親和中学校」には創立120余年の長い歴史と伝統がある。学校教育の根底にはゆるがない伝統が息づき、行事や学校生活のところどころに歴史が顔をのぞかせる。親子3代で通う生徒もいるなど根強いファンを持つ同校、多くの人を惹きつけるその魅力に迫るべく、今回は向田校長に「伝統の力」についてお話を伺った。
親和の歴史=日本の女子教育のあゆみ
 30年、50年、70年・・・と、本校では数十年単位で学校の歴史を詳しく記録した「記念誌」を発行しています。本校の歴史とともに兵庫県の女子教育の歴史としても、充実した資料だと思います。生徒たちに対しては中学1年生のオリエンテーションや道徳の時間の中で、「学校の歴史」を教える時間を設けています。学校の歴史を知ることで伝統を継承する目的もありますが、日本の女子教育や地域の歴史を知ることにもつながります。本校には、100年以上続く同窓会組織がありますので、新しいことを取り入れる際には卒業生の観点からも意見を集めます。長く続く伝統が多いのは、そのような体制が整っていることも大きいと思います。新しいことに挑戦するのも大変ですが、伝統を守り続けるには強い意志が必要だと考えています。
「白カバン」に込めた思い
 本校では通称「白カバン」を通学用の正式カバンとして定めています。サブカバンとの併用も可能ですが、白カバンには勉強道具を入れるよう指導しています。
 白カバンの歴史は古く、はじめは白い風呂敷を使用していたそうです。その後肩掛けカバンに変わり、今の形となりました。今では親和生らしさと、清潔さ、上品さを表す象徴となっています。定期的にカバンを変えることが悪いとは思いませんが、愛着を持ち大切に使い続けることの意味を、生徒には知ってもらいたいと思います。また、制服も60年間デザインが変わっていません。ひざが隠れるスカート丈に、紺のブレザー、白のブラウス、そして手に白カバンを持ち通学する生徒たちの姿は、地域住民の方々が長年慣れ親しんできた光景です。一目で親和の生徒だとわかってしまうので、生徒たちには誇りを持った行動をするよう指導しています。
伝統校ならではの良いサイクル
 「親和の生徒さんたちは雰囲気が変わらない」という言葉をいただくことがあります。制服や白カバンといった見た目の印象はもちろんですが、6年間かけて親和生らしさが身につく環境が大きいと考えています。
 本校では中学生と高校生が文化祭、体育祭、クラブ活動など様々な場面で共に活動を行います。その中で中学生は先輩の姿に憧れ、高校生は後輩に指導することで少しずつ自信を持ちます。ついこの間まで中学生だった生徒が、高校生になり新しい制服をまとった瞬間に大人らしい顔つきになるのを何回も見てきました。きっと、高校生になったら先輩のようになる!と思っているのでしょう。そういった良いサイクルが作れるのも中高6年一貫教育を続けている伝統校ならではの特徴だと考えています。
全国に広がる卒業生ネットワーク
 本校には「汲温会」と呼ばれる同窓会組織があります。中学入学と同時に準会員となり、高校卒業時に正式な会員となるもので、関西の他に東京にも支部があります。
 本校と連結した建物に「汲温会館」があり汲温会のメンバーは主にその建物で活動を行なっています。汲温会館には茶室や大広間、厨房などが完備されており、在校生も部活動合宿などで使用します。120周年記念の時には「ホームカミングデイ」という大規模な同窓会も汲温会により実施されました。
 また、定期的に社会人の先輩を招いての講演会も実施しています。卒業生の数が多く、全国に広がるネットワークがあることは、伝統校の強みだと考えています。今後はこのような強みを活かしてキャリア教育などにも力を入れていく予定です。
「友國晴子」とは?親和中学を創立した人物に迫る
「友國晴子」

校祖 友國晴子

親和中学校・親和女子高等学校の歴史を作り上げた、「友國晴子」とはどんな人物だったのだろうか?友國晴子の歴史を伺うと、そこには女性の高等教育の歴史が見えてきた。
校舎内に宿直室を
 親和中学校・女子高等学校の校祖友國晴子は厳しい祖母のもとで育った。当時の日本は女子教育に対する理解が低く、晴子も祖母の教えに従い進学を断念せざるを得なかった。そのため晴子が念願の女学校に入学した時にはすでに24歳になっていた。
 12、13歳の同級生と肩を並べて勉強することにも耐え、晴子はひたすら学問に打ち込んだという。その後明治5年(1872年)に政府が学制の中で女子教育の不可欠さを説いたことにより、関西私学の女子校が次々と創立され、親和女学校(現:親和中学校・親和女子高等学校)も明治20年(1887年)に誕生。女学校卒業後教師となり働いていた晴子は、神戸に戻り明治21年(1888年)親和女学校の教員となる。
 その後親和女学校は一度閉鎖するが、晴子を中心とした有志の手により再建される。再建当時生徒は2名ほどだったが、徐々に生徒数が増え125年の歴史を築いていくこととなる。
校舎内に宿直室を
 「誠実(まことの心)」「堅忍不抜(耐え忍ぶ心)」「忠恕温和(思いやりの心)」という親和中学校・親和女子高等学校の校訓は、人間形成を第一に考えた晴子の考えを反映したものである。
 「人力車に乗った校祖が、車夫の不手際による事故で車から投げ出される怪我を負った時も、自分よりも先に車夫のことを気遣った」など晴子の人格者としてのエピソードは多く受け継がれている。学校内に宿直室を設けて生涯を女子教育に尽くしたという晴子。新校舎設立のために学校を移転した際にも、晴子が使用していた宿直室はそのままの形で再現され「校祖室」として残された。生徒たちは「校祖墓参※1」や「月命日の参拝※2」などを通じて校祖の偉大な功績に対し尊敬の念を捧げている。
※1)校祖墓参
中学1年生の入学時と高校3年生の卒業時は、バスを貸切り学年全員で墓参りに行く。
※2)月命日の参拝
毎月26日の校祖の命日には学級委員が交代で校祖室へ参拝を行っている。
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写真で見る!親和中学校・女子高等学校の伝統(気になった写真をクリック)
白カバン白カバン

★白カバン

創立当時は風呂敷を使用していたが、やがて肩掛けカバンとなり、現在の手提げカバンの形となる。

★グランドピアノ

大正13年(1924)からずっと親和生を見守り続けている、ドイツ製スタインウェイのグランドピアノ。購入当時は日本に2台のみで現在の価格で3000万円ほどしたそう。

★カレドニアン

体育祭で披露される伝統的な踊り。馬を操る仕草を模した鹿鳴館時代の流れを継承する踊りで当時は多くの女学校で踊られていた。現在では親和を含む2校のみとなっている。

学級日誌学級日誌

★学級日誌

現在も続いている学級日誌だが、大正時代には「級風会誌」と称して日々の記録を記入するものがあった。その歴史は半世紀以上にも及ぶ。

★スキー合宿

現在は希望者を募っての実施となっているが、親和中学校・親和女子高等学校のスキー合宿の歴史は古く、昭和12年(1937年)より続いている。2003年度「カレドニアン」「カドリール」とともにその伝統と功績が認められ「全国学校体育研究会の最優良校」に選出された。

★校祖碑

昭和8年(1933年)に建設されたものである。碑文を堺師範学校長、凰州、土屋弘氏に。題字を地理学者・石橋五郎博士に執ってもらったものである。

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